『眉月の誓』藤原不比等という漢

標準

長岡良子作。
奈良時代、藤原不比等の物語。
彼女は歴史に詳しく背景をしっかりと押さえて硬質な政治ドラマであるのにかかわらず決して「少女漫画」のツボを外しません。
少女漫画界の塩野七生と言われるゆえんです。
藤原不比等が活躍したのは持統天皇、文武天皇時代。古代律令体制を築き上げ、いわば日本国の基礎を作った時代。彼の少年時代から始まって、彼の悲恋、数々の権謀術数、いくつもの苦しみ悲しみを乗り越えて最後は我が国の発展を夢見、何とかして律令体制をつくるために検討使節団を派遣するところで終わります。
不比等は、国の発展とともに自分の一族のためにも動きます。
いわば国益の中に私益も絡めこみ、そのための策略もするのです。文武天皇の元に、歴史上はじめて皇女でない自分の娘宮子を押し込み自分は外戚として権力をふるいます。藤原不比等という野心家を、よく漫画にあるただの「善」ただの「悪」を超えた、善も悪も内包した非常に複雑な存在としてとても魅力的に描きあげています。
謀略家であると同時に優しい父親であり夫でもあります。
良心もあり弱さも持ち合わせているひとりの人間が自分の信じる公益のために働きつつ、同時に自分の一族の繁栄もその中に入れ込んでいきます。ただ私益のためだけに生きるのは醜いですが、同時に「祖国の発展」というもっと大きな夢のために生きる姿は美しい。彼の目はずっと遠く、はるか未来、この国が繁栄する将来を見つめています。
ここまで来るのに一体どれだけの血が流れ、涙が流れたのか。この律令体制は、内情は崩れていたとはいえ、明治維新まで続きました。それだけの偉大な仕事をした漢。ここに登場する誰もが、卑怯さやエゴイズムも持ちつつ、でも本質は真面目で誠実なのが透けて見えます。
人間ドラマとして実に魅力的な作品です。